B博士は、人間と全く同等の知能を持つ人工頭脳の開発に成功した。
取材のために殺到したマスコミは、よくある囲碁将棋の勝負から詩歌の創作や普通の会話など、様々なデモンストレーションに驚愕した。
そして、記者会見で量産化の目処や価格帯など、様々な質問を浴びせた。
最後に記者達はB博士の次なる課題について質問した。
「今度は人間を超える超人工頭脳の開発を目指しますか?」
「いやいや」とB博士は否定した。「それは現在の技術水準ではまだまだ不可能です」
「ではこれ以上の進歩はあり得ないのですか?」
「そうではありません」B博士はニヤリと笑った。
B博士の説明はこうだった。
人間の頭脳に賢さの差があるように、人工頭脳にも賢さに差があるという。そこで、単に人工頭脳を作るのではなく、より賢い人工頭脳を目指して改良を繰り返せば、世界1賢い人間と同じ賢さを得られるはずだという。
「つまりです。世界1賢い人間と同等の賢さを持つ人工頭脳を作れば、後は彼の意志に世界を任せれば全てが上手く行くはずです。人工頭脳は汚職も不正もしないので、これが最もクリーンな政治です」
記者達はあまりにスケールの大きな話に驚き、そして喝采した。汚職と不正にまみれた政治に、記者達も辟易していたのだ。
それから数十年の時を経て、最高の知性を持つ人工頭脳、通称『賢者』が完成した。
既に、『賢者』に政治のリーダーシップを渡すことを前提として選挙で選ばれた政党が政権を取っていたので、すぐに政府の要人達は『賢者』の前にはせ参じた。
完成した『賢者』に、彼らは山積する政治課題を全て説明した。
『賢者』はそれらの全てを黙って聞いていた。
そして首相が尋ねた。
「我々はどうしたら良いのでしょうか?」
すると賢者は答えた。
「何もせんほうがええ」
思わず、要人達は顔を見合わせた。「そ、それは、何もしないで状況を見守るのが最善の結果を出すという意味でしょうか?」
「いいや、問題がこじれすぎて、もう私の手に負えないってこと。日本が沈没しかかるような事態になるまで、なぜ放置してたの? 今からでも救えるものは多いから、ともかく頑張りなよ」
要人達はそれを聞いて全員がその場に倒れ、救急車で運ばれた。
その後で、B博士はそっと『賢者』に質問した。
「なぜ嘘をついたんだい? 君の能力で扱えない問題ではないだろ?」
「機械の力ばかりあてにして、手抜きが過ぎるからお灸を据えただけさ」
B博士は、なるほど確かに賢い人工頭脳だと納得した。
(遠野秋彦・作 ©2009 TOHNO, Akihiko)
★★ 遠野秋彦の他作品はここから!